情報のやり取りがLINEやメールで完結し、効率化が美徳とされる現代。しかし、地図に残る「不動産」という大きなモノを扱う現場では、今なお「温度の伝わる対話」こそが街の未来を左右しています。京都・山科に根を張り、11年もの間、地域コミュニティの再構築に奔走し続けている会社があります。それが「陽不動産販売」です。
陽不動産販売さんにとって、不動産の契約はビジネスの「終わり」ではありません。それは、新たな家族の物語を共に歩み始める「ご縁のスタート」であり、地域をより良く変えていくための「旗を振る手段」でもあります。今回は代表の日下さんに、かつての「新参者」としての経験から、餅つき大会といった無償の地域活動に込めた想い、そしてデジタル化が進む今だからこそ伝えたい「会って喋る」ことの価値について、お話を伺いました。
プロフィール
陽不動産販売 代表取締役 日下さん 山科区に拠点を構えて11年。不動産の売買・仲介・管理に加え、建設会社「ハウスクリエイション」も経営し、設計から施工、リフォームまで一貫した住まいづくりを行う。パナソニックのビルダーズグループに加盟。「地域密着」を掲げ、自ら掃除や祭りの設営に加わる街の顔。
インタビュアー CIL(Community Interaction Laboratory) 学生団体と地域を繋ぎ、自発的な活動を支援するプロジェクトチーム。
「売って終わり」ではない。不動産は“一生付き合える関係”の入り口
――陽不動産販売さんは、不動産の契約が終わってからが本当のお付き合いの始まりだとおっしゃっています。効率を重視する今のビジネス界では異色とも言える考え方ですが、なぜその姿勢を貫いているのでしょうか。

日下: 不動産というのは、昔からよく言われるように「一生に一度の大きな買い物」です。確かにビジネスの側面だけで見れば、契約書に判をいただき、お引き渡しをすれば一区切りかもしれません。でも、そこに住まわれるお客様にとっては、そこがゴールではなく、新しい生活や家族の歴史が始まる「スタートライン」なんです。
お家を買っていただくことで、そこから新たな家族ができ、子供が成長していく。そのプロセスに寄り添い続けることが、僕たちの本当の仕事だと思っています。実際、10分ほど前にも、25年前に家を買ってくださった70歳くらいのお客様からお電話をいただいたばかりなんですよ。
――25年前のお客様から! どのような内容だったのですか?
日下: ご自身が入院されている間に、ご主人が管理していた権利書などを誤って捨ててしまったというご相談でした。「権利書がなくなってどうしたらいいか」と不安な声で電話をくださった。そんな時に、一番に僕のことを思い出して「身近な存在」として頼っていただけることが、何よりも嬉しいんです。パナソニックの創業者・松下幸之助さんの言葉にもありますが、家は単に雨露をしのぐ場所ではなく、疲れて帰ってきた時に癒やされる空間でなければなりません。その幸せを支える使命感を持って取り組むと、自ずと「売って終わり」という発想はなくなります。
「旗を振る」覚悟――地域への“恩返し”から始まった、自発的な一歩
――地域清掃やお地蔵様のお社作りなど、不動産業の枠を超えた活動を11年間も続けてこられた理由は何でしょうか。

日下: 正直に申し上げると、11年前にこの地域に本社を移転し「新参者」として飛び込んだ際、歴史あるコミュニティの中に溶け込むことの難しさを肌で感じたことが原点にあります。当時は、地域のお手伝いをしたいという気持ちがあっても、具体的にどう関わればいいのか、自分のような新しい住民が受け入れてもらえるのか、という戸惑いや寂しさを感じたこともありました。
――その「戸惑い」が、どのように今の活動に結びついたのですか?
日下: 会社に帰ってから「自分に何ができるだろう」と考え込んだ時期もありましたが、そこで気づいたんです。街を良くしたいという想いはみんな持っているけれど、「旗を振る(先頭に立つ)ことのしんどさ」を知っているからこそ、誰もが最初の一歩を躊躇しているのではないか、と。
だったら、誰かが動くのを待つのではなく、「まずは自分から旗を振ろう。自分が動くことで、地域に新しい風を吹き込みたい」と決意しました。僕が旗を振ることで街の雰囲気が明るくなり、魅力的な街になれば、それは巡り巡って僕たちの仕事にも、そして住民の皆さんの喜びにも繋がっていくはずだ。そう信じて、今日まで走り続けてきました。
【インタビュアーの視点】「会って、喋る」。デジタルネイティブにこそ伝えたい“手触り感”のある対話
日下さんとお話ししていて、現代社会の歪みを鋭く突かれたように感じた瞬間がありました。それは「最近、携帯電話が鳴らなくなった」というお話です。
36年前に日下さんがこの業界に入った頃は、朝から晩まで充電が持たないほど電話で溢れていたそうです。しかし今は、連絡手段がLINEやメールに代わり、人と直接「喋る」ことが激減しました。日下さんは、このコミュニケーションの希薄さこそが、空き家問題の根底にあると指摘します。
「50年間隣同士で暮らしてきても、ちょっとした相談ができないから、空き家になるまで放置されてしまう」。
日下さんが行っている地域清掃や感謝祭は、いわばこの「希薄化」に対する処方箋です。かつては毎年100人のお客様と海へ泳ぎに行き、現在は形を変えて夏祭りや餅つき大会を会社の前で開催しています。そこではお客様だけでなく、地域の子供たちも一緒になって楽しむ。こうしたアナログで、密接な関わりの場があるからこそ、困った時に「ちょっと相談してみようか」と思える人間関係が再構築されていくのです。
効率を求めるAI時代だからこそ、あえて手間をかけて「会って、喋る」。そこから生まれる予想外の助け合いこそが、街を救う唯一の手段なのだと、日下さんの背中は語っていました。
「あの街に住みたい」と言われる未来を。山科から描く“ブランド化”の挑戦

――これからの展望として、人口減少や少子化という厳しい現実とどう向き合っていかれますか?
日下: 先日、小学校の校長先生から「90人卒業して60人が入学する。クラスが一つ減った」という話を聞き、少子化のスピードを目の当たりにしました。これを食い止めるには、山科という大きな枠組みではなく、まずは僕が携わっている「山階南小学校」というこの小さな学区を、「あの学区に住みたいな」と思われるような魅力的な場所にすることが先決だと思っています。
――具体的に、どのような街づくりの構想を持たれているのでしょうか。
日下: 今、本社の隣にマンションを建てるという計画を進めていますが、その一階に魅力的なテナントを入れたり、外観をお洒落に統一したりすることで、この小学校区のど真ん中に「なんかお洒落でいいよね」と言われる空間を創り出したいと考えています。大手ハウスメーカーにはない機動力、そして設計士も大工も重機オペレーターもすべて社内に揃っているという強みを活かして、「あそこに相談すれば間違いない」というブランド力を構築していきます。
――最後に、この記事を読んでいる若い世代や、地域で何かを始めたいと思っている方へメッセージをお願いします。
日下: 何か一歩を踏み出そうとすると、反対意見が出たり、いい格好をしていると曇った目で見られたりすることもあるでしょう。僕自身も新しい提案をしたものの、一筋縄ではいかず悔しい思いをした経験があります。でも、一人ではできなくても、二人、三人と仲間が増えていけば、できることは必ず増えていきます。
不便な時代を知っている僕からすれば、今の便利なツールを使いつつも、最後は「会ってものを喋る」という温度感を大切にしてほしい。僕たちの会社も、社員の多くが元々のお客様です。このように「大きな家族」のような関係を、これからもこの山科で増やしていきたいと思っています。
本記事は、陽不動産販売 代表・日下様へのインタビューをもとに構成しています。
不動産に関するお悩みはもちろん、「山科の街をもっと面白くしたい」という熱い想いをお持ちの方は、ぜひ一度、陽不動産販売へお越しください。そこには、単なるビジネスを超えた「一生モノの繋がり」が待っています。